10 FOOTBALL ASSOCIATIONS

JAPAN FA

日本サッカー協会会長:小倉 純二(OGURA Junji)
1993年のJリーグの開幕以来、長足の進歩を遂げた日本サッカー。1998年に念願の初出場して以来、日本は4大会連続でFIFAワールドカップに出場しました。今年行われたアジアカップでは2大会ぶり4度目の優勝を遂げ、日本は一気にアジア首位へと踊り出ました。欧州のトップリーグに移籍する日本人選手も過去最多となり、中でも長友佑都選手のインテルナツィオナーレ・ミラノへの移籍は、日本人選手の実力を世界に知らしめることになりました。
代表選手の源泉となるJリーグは2011年シーズンから38クラブへと拡大。FIFAクラブワールドカップが創設されてからアジアのクラブチームにも世界へ通じる道ができ、どのクラブも世界を視野に入れてレベルアップを図っています。2007年、2008年のAFCクラブチャンピオンズリーグ(ACL)を制覇してからは王座から遠ざかっていますので、日本開催となる今季は是非ともアジアでの復権を目指したいところです。
一方の日本女子サッカーはFIFAランキング5位という実力。次代の日本女子サッカーを担う選手の成長も著しく、その活躍に期待がかかります。サッカー先進国でも女子サッカーに力を入れていますから、日本も今の地位に甘んじることなく、女性プレーヤーの環境充実を図りながら普及と強化を進めていく方針です。今年はFIFA女子ワールドカップが開催され、東アジアからは日本と朝鮮民主主義人民共和国が出場します。両チームとも強豪国の意地を見せ、大躍進してほしいと期待しています。
男女問わず、アジアサッカー全体の勢力が増している昨今、東アジア各国が手を携えて切磋琢磨していくことがこれまで以上に重要になってきます。また、東アジア諸国がコミュニケーションを密にすることで、各国の相互理解、国際交流が図られます。日本サッカー協会はアジアサッカーをけん引する存在として、東アジア、そしてアジア全体のサッカーの発展に寄与していきたいと考えています。

2011年2月現在


協会設立 :1921年
FIFA加盟 :1929年
競技人口 -----
第10代日本サッカー協会会長を務めた川淵三郎キャプテンは、日本サッカーの革命児といっても過言ではない。1993年にプロリーグ「Jリーグ」を発足させ、レベルや人気など日本サッカーを取り巻く環境を瞬く間にアップさせた。アジア初となる2002FIFAワールドカップでの韓国との共同開催の実現にも大きく関与した。2002年7月に日本サッカー協会(JFA)会長に就任してからは持ち前のバイタリティーをさらに生かし、女子サッカーやフットサルの活性化、地域・都道府県協会との連携強化など様々なことに取り組み、2006年4月8日にJFAアカデミー福島を開校させた。将来のプロ選手として活動できる土台作りを行うだけではなく、世界の舞台で活躍できる真のエリートを育成することを目的としており、日本サッカーの発展に欠かせないものである。また2005年元旦にJFA2005年宣言を発表。2050年にはサッカーファミリーが1000万人になり、再度ワールドカップを開催し、日本代表が優勝チームになると高らかに宣言したことになる。 そして2008年7月には第11代日本サッカー協会会長に犬飼基昭が就任し、世界でのさらなる飛躍に向けたプロジェクトを進めている。

2009年7月現在