

メイド・イン・ホーランド。逆輸入のスター本田圭佑 |
オランダで起こった“本田フィーバー”の始まりは8月2日、VVVにとって今季の開幕試合となったオランダを代表する強豪・PSVとの一戦、後半の45分間だった。
前半のVVVは0-2とリードされ、誰もが「やはりPSVは強いな」と思っていたことだろう。しかし、日本代表MF本田圭佑(HONDA Keisuke)は後半8分、ヒールキックでFWアフメド・アハハウイ(Achmed AHAHAOUI)のゴールをアシストすると、同15分には自らボレーシュートを決めて2-2と追いついたのだ。さらに本田はベルギー代表MFティミー・シモンス(Timmy SIMONS)、メキシコ代表DFカルロス・サルシード(Carlos SALCIDO)、オランダ代表DFディリク・マルセリス(Dirk MARCELLIS)というPSVの一流選手をかわしながらドリブルで50mの突破までしてみせた。
この試合は3-3で終わったが、オランダ語もしゃべれないのにキャプテンマークを巻き、得点力もテクニックもある金髪の日本人がオランダ全国に知れ渡った試合と言えた。
それから1ヵ月間、本田はオランダ中の話題をさらった。テレビのサッカー番組は何度も冒頭の15分間を本田特集に費やした。8月22日のフローニンゲン戦翌日のテレビではコメンテーターがこう言って本田を誉めた。
「この試合、本田はFKから1点取ったけど、すごいプレーは得点シーンじゃなくて彼が2度見せた素晴らしいトラップ。その映像が映るから見て見て見て。ほーら、“サンシーロ・モメント”。でもここはVVVのスタジアム、“デ・クール”」
“サンシーロ・モメント”とは、ミランの試合でも見に行かないとお目にかかれない、そんな素晴らしいプレーのことを指す。本田に対する最上級の賛辞だろう。また「本田と(PSVの)アフェライ(Ibrahim AFELLAY,オランダ代表)、どちらがオランダリーグで最高のMFか」ということも議論された。
オランダという国はよほど本田と相性がよかったのだろう。「日本では自分を証明しようとすると叩かれる。しかしオランダでは自分を証明しようと頑張る人を応援してくれる」とは日本の文化もよく知るオランダ人ジャーナリストの言葉。上昇志向の強い本田の発言は時に日本では“ビッグマウス”と受け取られることもあるが、「来季はもっと上のクラブへ。今はVVVで頑張って、次にオランダのビッグクラブで成功して、それからビッグリーグ――できればスペインリーグがいいんですが――へ行きたい。将来はレアル・マドリー(REAL MADRID)へ行きたい」と語る言葉も、オランダ人は「何と思慮深いんだ」と感心している。
またオランダリーグは若い選手の失敗を許す文化がある。だから本田も試合ごとに「今日は5本のシュートを撃とう」、「この試合ではゲームメークにも絡んでみよう」とテーマを変えながら臨み、自分を伸ばすことが出来る。ファンの目も肥えていて、熱狂的に応援してくれるばかりでなく、しっかりプレーも見てくれプロとしてやりがいもある環境だ。
さらにコンバートも本田の成長を“アシスト”した。名古屋グランパス時代に監督として本田を指導し、PSV監督時代は本田のオランダ移籍に協力したセフ・フェルホーセン(Sef VERGOOSSEN)氏はこう分析する。「本田は昨季から“10番”のポジションにコンバートされ、ずいぶん伸びた」。本田をセンターハーフから“10番”、つまりトップ下にコンバートしたのはVVVのファン・ダイク(Jan VAN DIJK)監督だ。2008年の夏、ファン・ダイクはVVVの監督になったが、オランダ現地のジャーナリストやファンが「本田をどう使うのか?」、「北京五輪のせいでオランダリーグの開幕に本田が間に合わないが大丈夫なのか」など本田のことばかり聞くのでうんざりしていた。「私はVVVに来る前、サウジアラビアのアル・ナスル(AL NASR)でコーチをしていたんで、ちょっとオランダリーグのことに疎くなっていて、本田の事をよく知らなかったんだ」とファン・ダイク。「しかし練習を1週間見ただけですぐに私もジャーナリストやファンの気持ちが理解できた。『すごい選手だ。この能力を最大限に発揮するために“10番”にしよう』。私はそう決心した。北京五輪でチームを離れていたが、彼の能力ならすぐにチームにフィットすると私にはわかっていた」
コンバートのタイミングも本田にとってピッタリだった。北京五輪で日本は敗退し、本田も日本のメディア・ファンから大きな批判を浴びた。さらに移籍も出来ず、2部リーグで戦うことになってしまった。五輪直前には結婚もしていた。
北京五輪惨敗の悔しさ、批判に対する見返したい気持ち、移籍を勝ち取るためのアピール、結婚したことの責任感・・・・・・これら全てが本田のエネルギーとなり、気持ちの中でも「このままではだめだ。俺はもっと結果(=ゴール)を出さないと」と変化が起こった。リケルメのようなボールを自分に集めるゲームメーカーを理想としていた男が、ストライカーの自覚を持った瞬間だった。
ファン・ダイク監督が決断したコンバートは、やがて本田の1シーズン16ゴール、VVVのキャプテンとして2部リーグ優勝貢献、2部リーグ年間MVP、そしてその後の“本田フィーバー”へとつながっていくのである。
今年9月5日、オランダ代表と日本代表はエンスヘデで国際親善試合を行ったが、このときオランダ人は驚いた。「“我々の本田”が何とスタメンじゃありません。それほど日本は強いのか」。テレビのコメンテーターはそう叫んだ。
試合後もまたオランダ人にとっては不思議な光景があった。「日本代表のバスの前で中村俊輔(NAKAMURA Shunsuke)が日本人にサインをし続けていた。その後ろを本田が誰にもサインをせがまれずスッとバスへ乗り込んだ。オランダじゃそんな事ありえない。日本ではあまり本田は有名じゃないのか」と先とは別のコメンテーターが感想を漏らしていた。
そう。本田はオランダ人を虜にしたが、まだ日本ではこれからの選手なのだ。近い将来必ずや本田は“オランダ発のスター”として、日本のサッカーとアジアのサッカーに影響を与えていくだろう。
<プロフィール>MF本田圭佑(HONDA Keisuke)
1986年6月13日、日本・大阪府出身。星稜高校卒業後、名古屋グランパスへ入団し、プロ2年目の2005年にレギュラーに。2008年1月にオランダのVVVに移籍。08-09年シーズンには16得点を挙げ、チームの1部昇格に貢献し、自身もリーグMVPを獲得した。2006年に初招集された日本代表でも徐々に出場機会を増している。
中田徹=文