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円盤投げの練習とサッカー。危険ではあるが、ウランバートルには、ゆったりと遊べるグラウンドは皆無に近い


郊外で見つけたゴール


活気あふれる首都・ウランバートルの中心街


 川が白い。
 モンゴルの首都、ウランバートル市外南部を東西に走るトゥール川は、4月半ばをすぎ、川床の砂利は灰色の地肌をみせているのに、凍ったまま動こうとしない。
 海抜1000mのさらに上に広がるこの国では、毎年9月下旬には寒い風が肌を刺し始め、厳寒の冬が半年以上支配する。
 天空を流れる雲が太陽を隠す。吹く風は、今も冷たい。
 冬はまだそこに居座っている。

 モンゴルの自然に、屋外スポーツのサッカーは不向きだ。それでも、
「モンゴルの人は皆、心の底ではサッカーを楽しみたいと思っています」
 ウランバートルの外国人相手の旅行会社で働く29歳のデレク・アルタンバガナーは、丸顔の細い目をさらに細め、頬っぺたを赤くして熱っぽく語る。
 元“同志”、ソ連はその崩壊後、サッカーができる大小のグラウンドを“置き土産”に残して去った。しかし、後にやってきた資本主義は、その多くをつぶしてビルを建設した。総人口240万人の約30%が集まるウランバートルには、正規のサイズがとれるグラウンドは、昨年FIFA(国際サッカー連盟)とAFC(アジアサッカー連盟)の援助で新設された人工芝のものを含めて6つだけになってしまった。
 かくて、1980年のモスクワ五輪にも出場したモンゴル・サッカーは、’95年にプロ化したバスケットボールにおされ、競技人口でマイナー・スポーツに留まっている。
 このような状況を立て直すべく、モンゴルサッカー協会は、まず幅広くサッカーを普及させることを目指している。35歳の代表チーム監督、イシュドリ・オトゴンバイアルを中心に4年前から少年サッカーのトレーニング・システム充実に取り組み始めた。
 しかし、子供たちが普段ボールを追える小さなグラウンドは小石まじりだ。グラウンドを整備するにも新たに作るにも、モンゴルには資金がない。

 モンゴルの春は、まだ遠い。


羽根突きを足でするような遊び。子供たちに人気だ


多くの子供は親を手伝って働くのがあたりまえ


代表チームの練習ではゲルが更衣室の代わりだった


※『東アジアサッカー選手権2003 決勝大会公式ガイドブック ニューエディション』より


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